火薬一樽云々も記録は全くない。 数十万人単位って、当時の人口(一千万人強)を考えれば明らかにおかしい。 外国に奴隷売買をしていたのは、南蛮人、カンボジア人、中国人、日本人。 宣教師関係ない。 しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、 火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。 キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。 「以上抜粋終わり」

Zoomの40分制限は、同時に入室しているのが常に2人以下であれば、人が次々と入れ替わっても制限はかからないのですか?一瞬でも3人以上になれば、そこから40分間がリミット(その間誰が退出しても)という認識で合っていますでしょうか?

年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないの か。 キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。 日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。 バテレン追放令は1587年で朝鮮出兵は1592年です。1592年より以前に火薬は国産可能でしたから「火薬一樽=奴隷50人」というレートは、この頃ではあり得ません。では何故「朝鮮出兵従軍記者の見聞録」なのでしょうか? 銅砲、一窩峰(いっかほう) 中国(宋~明時代)で使用された火薬の武器 火縄銃の誕生 14世紀初頭、中国で発射用火薬と火縄銃の前身ともいえる金属製火器「手銃」が発明されると、これらの技術はやがてヨーロッパに伝わり、火縄銃の誕生を迎えます。